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3月25日(木) 会いたかった人へ

2010年03月26日 15:44

難波へ会いに行きました。 誰にかというと、ブログで知り合った方にです。

ブログを一読したときから、会いたいと思っていた人でした。

考え方がおもしろく、文脈から感じる雰囲気も好きです。

駅の改札まで迎えに来て頂いて、その足で居酒屋へ。

たくさん話しました。 たくさん聞かれました。 でも、うちにはまだまだ答えられない部分が多かった。

「未知」の部分が多かった。 しかもそれは、自分単体では考えられない範囲。

自分にはまだこんなにもわからないことがあるのが正直驚きでしたね。

印象的な質問は「一人で生きていけると思う?」というもの。

つまりパートナーは必要かっていうことだと解釈したうちの答えは、

「ある程度の友達と家族がいれば、一人でも生きていけると思う。

けど、一人で生きていきたいかはわかんない。」でした。

考えたことがなかったんだよね。 パートナーという存在ありの自分を。

それはもうやぱ相手の存在がないとわかんないわけで。 今は答えは出せません。

いろんな質問に頭をひねらせながらも楽しく話しているところに、

相手の友人さんが合流。 お二方とも、うちの考えを真剣に聞いてくれるし、

自分の意見を持っている素敵な方でした。

年齢を含め様々なことが異なる人との間で起こる、化学反応みたいなものが好きです。

誰かの意見に偏るとか、否定するとかじゃなく、「0か1」とか「黒か白」じゃなく、

その間に起こっている何かが、誰のものでもない何かが生まれるのが楽しいんです。

もう一つの印象的な質問「なんでカミングアウトするの?」の答えは、

あくまで今の答えだけど、その化学反応を起こしたいから・・・かな。

自分を否定されるのは怖い。 自分を誤解されるのも怖い。 誰だって怖い。

でも、自分の心を開くことやそれに伴って相手の心が開くのは、それ以上におもしろい。

だからうちは、閉じこもりたいとは思わないのかもしれない。

そうそう、そういえば「握手」っていいよね。

もともとは「武器を持っていません」ってのをみせるためって言われてるけど、

それに握手を色々と批判する人もいるけど、うちは個人的には好きです。

その手から感じるものは、ただの手の感触だけではないから。

あ、でも義務的な感じのはあんま好きじゃないけど。


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※緊急のお願い

2010年03月21日 23:50

緊急でお願いがあります。

特に地元の方へ。

地元での自発的なカミングアウトをやめます。

お願いしておきながら大変申し訳ないですが、

ブログや自分自身のことを広げるのを一旦やめます。

守りたい人を守るための、切実なあめからのお願いです。

どういう経緯でそうなったのかについては、

一夜明けてから書きたいと思います。

また今後については、これからじっくり考えていきます。

こんなあめですいません。

よろしくお願いします。

3月20日(土) 従姉へ

2010年03月21日 17:12

クラス会解散後、しばらくしてから従姉の家に向かいました。

もうそのころにはうちは落ち着いていたし、すでに次のエネルギーの生産は始まっていました。

従姉は昔から仲がよく、家族のようです。 でも、ちゃんと個人としてうちを見てくれるし、

いつもその鋭い洞察力や広い視野、もうとにかくたくさんのことを従姉から学んできました。

そんな従姉なので、カミングアウトすることは何の抵抗もなかったし、むしろしたいと思っていました。

母から聞いていたけど、直接うちから聞きたい、うちを知りたいと思ってくれたので、

うちも母とのことではなく、今まで自分の性についてどう考えてきたのかなどを中心に話をしました。

こうやって自分のことを話せると、本当に、とても解放された気分になります。

話していて気づいたのは、同性愛というのは特別なことではないということです。

異性愛とそんなに違いはないんじゃないかということです。 理解されないこともあるのは確か。

でもそれは「同性愛だから」ってわけじゃない。 誰にだって理解されないところってあるものだし。

従姉と話しているときには特に感じましたが、「同性愛者です。」って同性愛者として語り始めるけど、

それはもうほんの一瞬の話であって、うちは「あめ」という人物を話しているだけなのだと思います。

ただ自分というものを話すだけ。 ただ自分というものを知ってもらいたいだけ。

その内容に同性愛が含まれているだけなのかもしれません。

うちは性別にとらわれたくないと思いながらも、性別には自分なりのこだわりがあります。

そしてそこに自分らしさを見出したりします。そこに表現したい自分があるわけです。

ただそれだけの話なのかもしれません。

最後に一言。

幼いころから広い視野や考えを与えてくれた従姉には感謝の気持ちでいっぱいです。

いつもいつも、ありがとう。


3月20日(土) 高校の同級生へ

2010年03月21日 16:41

高校のクラス会がありました。

そういえば、高校の同級生にカミングアウトをするのは初めてになるのかな。

クラス会が始まる30分前から妙に緊張し始める。

何度も鏡の前の自分と向き合った。

カミングアウトをうちは「あめ」と「同性愛者のイメージ」の戦いだと感じています。

うちが勝つか、イメージが勝つか。

「いや、負けてないよ。大丈夫。」ってな感じで自分に言い聞かせたりもします。

母とはカミングアウト後にうちのことについて話し合ってはいません。

でも飲み会の会場まで母が車で送ってくれ、その車中でブログの話になりました。

そして旅行で部活の仲間にも話したこと、

それと今日もこれから話す予定であることを伝えました。

そしたら母はこう言いました。

「今日のクラス会で話すのはやめた方がいいんじゃない?

自分だけの時間じゃないし。それにその話を不快に思う子もいるだろうし・・・。」

今までの、すべてが覆された感じがした。

でも、そう言われてもうちは話そうと思った。

クラス会でうちの恋愛の話になったとき、チャンスだと思った。

近くにいた3人の友達に「うちね、同性愛者なんよ。」「女だけど女が好きなの。」

って伝えた。 そしたらなんか、いつもとはまた違った自然な感じで話が進んでいく。

興味津々って感じよりも、普通の話として聞いてくれる。

その自然さがうちにはなんだか不自然だった。

むしろうちの考えに同意してくれる人もいてくれたりして。 嬉しかったな。

それからブログの紹介をしていたら、近くの席の4人も加わってくれたので、

もう一度カミングアウト。 それからすごくのびのびできた。

というのも、母に「やめたほうがいいんじゃない?」と言われてから、

うちは初めてカミングアウトを止められたことに、ひどく困惑していたから。

でも言わないと他の話ができないし、笑えなかった。 話したくて仕方なかった。

だから話せてすごく楽になった。 自分らしくいられるようになった。

話し終わったころに携帯を見たら、着信とメールがきていました。

母と従姉からの着信。 それと母からのメール。

「理由はあとで言うからともかく今日の同窓会で話すのはやめて」というお願いだった。

いやもう話したし・・・。

でもとりあえずその理由を聞きたかったから、店の外に出て電話をかけなおす。

母)「もしもし。」

あめ)「はい。理由は?」

衝撃でちぐはぐにしか覚えてないが、理由を表面上まとめるとこんな感じだったと思う。

「地元の子がうちを同性愛と知ったら、めぐりめぐって父や祖父母に知られる。

それにお父さんの仕事の関係の人にも。父が他の人から知ってどう思うのかな?

苦しくなるのはあめだよ。」って。

もう、うちのなかの何かがプツンって切れた。

「結局、母さんもかよ! 結局母さんも社会を気にしてんじゃん! 意味わかんねぇよ。」

母の言葉の奥にどんな心があったかも理解しようとした。うちを心配してるのもわかる。

でもどんな心があったとしても、その母の言葉は、

「仕事」という社会を象徴するような言葉は、

「同性愛者ということを隠して」という意味にどうしてもうちには変換されてしまう。

今までになく泣いた。

母も「感情的になってしまうから」と言って、近くにいた従姉に電話を変わった。

従姉には自分からカミングアウトはしていないが、

母がおそらく話しただろうとは思っていた。

従姉に電話越しにすべてを吐き散らした。

「なんで自分を表現しちゃいかんの!?」「なんで自分のことを話しちゃだめなの!?」

「誰も傷つけたくなくて、誰も悲しませたくなくて、だから家族にも話さなかったのに。」

「無理だよ。」「どうしたらいいかわかねぇよ。」「悲しい。」

「一人だったら楽なのに。」「それなら絶縁でいいし。」「一人でやるよ。」「一人になるよ。」

どちらも幸せにすることはできない。 もしそうなら、もう今のうちは自分を選ぶよ。

ごめんけど、うちは自分を選ぶよ。 悲しいけど。 でもこんなしんどさ余裕だよ。

今までのこと考えたら全然余裕だよ。

今のうちには支えてくれる人がたくさんいるから。

「一人」って言っても、みんなうちを応援してくれるから。

一人だけど一人じゃないから。

電話で1時間以上ずっと泣きながら喚き散らした。 人目なんて気にしなかった。

従姉はある程度聞いたあと、うちの話を、うち自身の話を聞きたいと言ってくれたので、

散々迷った挙句、クラス会後に会うことにしました。

一人でいたかったけど、うちを知りたいと思ってくれた気持ちを大切にしたいと思った。

うちが外で電話しているとき、同級生の一人が来て、タオルを渡してくれました。

本当に、本当に、嬉しかった。

電話が終わって中に入ったとき、

泣き顔で戻ってきたうちを心配そうに見てくれる同級生がいました。

本当に、本当に、嬉しかった。

別れ際に「あめ好きだよ。」と言ってくれる同級生がいました。

本当に、本当に、嬉しかった。

あの空間に、うちは救われました。 同級生の言葉に、うちは救われました。

こんな社会をうちは変えたい。


3月18日(木) 部活の仲間へ

2010年03月19日 17:37

18日・19日は部活の旅行でした。 総勢19人。

今年の初めにうちは部活を退部したので、みんなと一緒に過ごすのは久しぶり。

退部しているにも関わらず誘って頂けたので、遠慮なく参加させて頂きました。

部活の仲間の1、2、3回生にはうちが同性愛者であることはカミングアウト済みです。

でも4回生の方には言おうと思っていたけどなかなか機会がなかったし、もうすぐ卒業されるので、

なんとかこの旅行中にしようと思ったわけです。 ただ、今回はそれだけではありません。

みんなだからこそ頼みたいことがありました。

それがこのブログにコメントをお願いしたいというものです。

カミングアウトをされた時の反応、それとその後の関係の変化、そして大きな信頼。

これらを考えた結果、ぜひみんなにお願いしたいと思いました。

「こんなに素敵な仲間がいる」うちはそれがとても誇らしいし、ぶっちゃけ自慢したいくらいです(笑)

とにかくそんなこんなで、みんなの力を借りたいと思ったわけです。

夜の飲み会が楽しい雰囲気で終わり、解散された瞬間、うちは手を挙げ、口を開いた。

「すいません、ちょっと話したいことがあるんで座ってもらっていいですか。

盛り上がってるところ本当申し訳ないんですが、ちょっと真面目な話をさせてください。」

まずは4回生の方へカミングアウト。 もう自分が「同性愛者なんです」って言うことに抵抗はない。

そして話をブログへと展開させる。

「実はブログをやってます。」「最近新しいブログを作りました。」

「カミングアウトされた側と読者が主役のブログです。」「それでみんなにお願いしたいことがあります。」

自分でもびっくりするくらい手が震えた。 声が震えた。 とにかく緊張した。

みんなが受け入れてくれていると感じていても、笑顔で聞いてくれていても、やぱ緊張します。

上手く伝えられたかはわからない。 これからどうなっていくのかはわからない。

でも、うちがこうやってこのブログを広げていく大きな一歩になったことは確かです。

「ありがとうございました。」という言葉でうちは話を締めくくった。

そして2度目の解散後、一部の人がその場に残り、話は続きました。

4回生の方が質問してくれたり、自分の気持ちを話してくれたりしました。

実はこれがすごくうちにとって大事なこと。

いつも思うけど、うちはカミングアウトだけで終わってはいけないんだと思う。

「うちは同性愛者です。」「あ、そうなんですか。」で終わってはいけないんだと思う。

それじゃ意味がないからね。 きっとうちは、その先にある自分を見て欲しいんじゃないかな。

色々な話をしているうちに、みんなが自分の気持ちや意見を言うようになっていく。

全体で一つの話、一人の話が展開されていく。

初めはうちが話す側、みんなが聞く側という関係だったのが、

いつの間にか誰もが主体になっていたようにうちは感じました。 無論、黙って聞いている人も。

思い思いに考えたり発言したり。 「あ・・・これがうちがやりたいことなのかな」って思いました。

みんながそれぞれ自分というものを表現していく。 そしてそれをみんなが受け入れる。

とても居心地が良いもんです。

怖いことや不安なことを明かすとしても、弱い自分や嫌いな自分を表現するとしてもね。

そんな空間を作りたいなら、まずうちがそうしなければならないんだって気付きました。

いや、そうすればできるんじゃないかって気付きました。 今まで無意識にやってきたかもしれないけど。

カミングアウトすることで自分と相手との距離が近くなる。

でも、もしかしたら近くなるのはその二人の間だけじゃないのかもしれない。

さて、ではこの記事の最後もこの言葉で締めくくります。

みんな、本当にありがとう。





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