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4月29日(木) 姉の友達へ

2010年04月30日 01:49

姉はうちの話を喜んでしてくれます。 そしてある友達といいますか、仕事の同期の方に、

うちの話をしてくれていました。 しかもブログの紹介まで。

興味を持ってくれる方にはぜひ話したいといううちの願いが通じたのか、

その方と幸いにも会う機会があり、ご飯を食べながらゆっくりと話すことができました。

姉とその姉の友達とうち、という初めてのスリーショットでした。

うちには初めて会った人だろうと、親しい人だろうと、

ゴーイングアウトするときの気持ちに大差はありません。

いずれにしろ、自分の見せてこなかった部分を知ってもらうことに変わりはないから。

今回もまた、見せてこなかった部分の自分を何の抵抗もなしに見せていました。

うちもね、どう頑張っても弱い部分っていうのがあります。

でもそれはなるべく見せないようにしてきました。 特にゴーイングアウトするときは。

それはやっぱり「辛い」とか「悲しい」とかそういうことを伝えたいわけではないから。

涙で人の心を動かすこともできるけど、あまりに印象が強すぎる。

それが心に残るのはうちがしたいこととは違うんです。

だってうちが主役になってしまうわけだから。 心に残したいのはその人自身。

何を考え、何を感じたのか、その自分との出会いを大切にするべきなんじゃないかな、

ってうちは思います。 だってうちの存在だけが残ったところで何もならないわけだから。

それにね、そういう話は本でも読めばいくらでものっているわけで、

きっと大抵の人のマイノリティに対するイメージにも嫌というほどあるわけで、

わざわざうちが話してそこを強化したところでどうなんだろう、って思ったりもします。

そんなわけで、積極的に話すのはどちらかというとうちの明るい面です。

「自分らしく生きている自分」です。

それで相手も「自分らしく生きよう」って思ってくれたら最高なわけです。

でも、たまにはうちの暗い面も見せてもいいのかもしれません。

性っていうのは、考えてみればなんでもないことで、

だからきっとみんなわざわざ考えないしわざわざ言わないことなんだろうけど、

なら同性愛だって、考えてみればなんでもないことで、

そう気付くきっかけにはなりたいわけなんだけど、

でも、だからってうちもそうなりたいわけじゃない。

確かにうちは「FTFr」という性に行き着いたわけなんだけど、

でも性そのものが「どうでもいい」っていうことではありません。

実はうちにとってはその「なんでもないこと」が「とんでもないこと」だったりします。

それを表現できるかできないかというたった一つの言動が、

実はうちにとっては生きるか死ぬかの問題だったりします。

『「表現しちゃだめ」なんて言われたら、うちは「生きたい」と思わないかもしれない。』

『なら「死んでもいいや」って思うかもしれない。』

うちにはそんな一面があることも話している自分がいました。

話すたびに、話すことが変わっていく自分。

自分でも気付かないところで、自分は絶えず変化しているようです。

終わりに一言。

耳だけでなく、さらには目だけでなく、心も向けて聴いてくれたその友達に

「ありがとう。」

誠に勝手ながら、今では姉だけじゃなくうちにとっても友達だと思っています(笑)


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4月10日(土) 会いたかった人へ2

2010年04月10日 20:40

今日は天王寺へ。 ブログで知り合った高校生に会いに行きました。

「話したい」と思ってくれていたので、「じゃあ会おうよ!」ってね。

気づいたことが一つ。

「ゴーイングアウト」は必ずしもうちがする側ではないということ、

「わたしたち」にうち自身も含まれるということです。

うちが自分のことを話していくと、必ずと言っていいほど相手も自分に目が向いていきます。

自分の思っていることや、自分のやりたいこと、色んな話を聞きます。

だからこそうちは話す意味があると思っています。

そして真剣に話を聞いている内に、何か一つのコアな部分がみえてきたりします。

例えばうちの場合だったら「性」とかね。

それを本人が良いものとしてとらえているかはわかりません。

でもそれによって悩み、苦労してきたのはわかります。

それをふまえて、そのコアによってどんなに辛い思いをしたとしても、

うちはきっと「それはあなたの良さだよ」と言います。

「それがあなたらしさなのかもしれないね」とも言うかもしれません。

それがなければきっと今のあなたにはなっていない。 そう、うちも今の自分にはなっていない。

視点を変えるのは思ったより簡単で、その簡単なことが思ったより重要。

でも自分でやるのは、思ったより難しい。 必要なのは、自分ではない誰かの視点。

数日前からうちはなんだか深呼吸をしようとしてもできなくなっていた。

これ以上酸素は入りませーん、って感じで身体が窮屈だった。

きっと色んなことを考えていたら、息が詰まってしまったんだろうと思う。

今日話をして、話を聞いて、お互い晴れた顔でさよならをして、一人電車の中で大きく息を吸う。

あー・・・深呼吸できるようになってるわ。

いつの間にかうちも前向きに考えられるようになっていました。

窮屈になっていた身体がいつの間にかほぐされていました。

誰かと話すたびに、何かが起こる。 この日常に。 この自分に。 そしてきっと誰かにも。

だからうちは話したい。 色んな人と。


4月8日(木) 元カレへ

2010年04月08日 23:55

久々に元カレとご飯を食べに行きました。 特に何かあったわけではないんですが。

元カレにもすでにゴーイングアウト済みですが、「最近どう?」って聞いてくれたので、

最近の自分のことについて色々と話しました。

こうして今も友達として関わり続けているわけですが、本当に大切な人だと改めて感じます。

うちの背中を押してくれ、うちの味方でいてくれる心強い存在です。

うちの芯がぶれそうになったとき、気づかせてくれます。

うちが行き詰ったとき、新たな視野を持たせてくれます。

もしかしたら、

うちが自分を信じれなくなったときでも、うちを信じてくれるかもしれません。

だからってうちは頼ったり求めたりするわけじゃないけど

うちの気づかないところで彼は支えてくれてるんじゃないかって思います。

それに少しだけ今日、気づけたのかもしれません。

いやでもお互い好きなようにやってるだけだから、自然に起こったことなのかな。

うちは彼の夢を応援します。

彼はうちの夢を応援してくれます。

でもお互いに自分の夢を追うことが、きっと何よりの応援になるだろうから、

「うちはこんなんじゃ負けないよ」って、「うちはそんな簡単に諦めないよ」って、

彼に言ってきたよ。

でもこれも彼のためではなく、自分のためなんだろうけどね。


4月4日(日) 元カノへ

2010年04月05日 01:58

元カノへはすでにゴーイングアウトは何度もしていますが、3月の半ばに自分のブログを紹介しました。

うちがどういうことを考え、どういうことをして、どういう自分になっているのか、

全てを知った元カノと話すのは今までとは少し違った感じです。

久々に会いました。 久々に話しました。

別れてから今までの中で、一番素直に話せました。 一番素直になれました。

素直になるとはどういうことかというと、「好き」という感情にです。

好きなんです、今でも。 えぇ、大好きです。

その気持ちを抑えこもうとしたり、ふっきろうとした時期もありました。

変に強がってひねくれた会話やメールをした時期もありました。

色々やってみてもやっぱり好きです。 誤魔化すことができたとしても、どこかにその気持ちは残ります。

ある日突然、その気持ち、「好き」というその感情を大切にしたらいいじゃんって思いました。

ただただ大切にしようと。 好きだから付き合いたいとか、好きだから結婚したいとかそういうんじゃなくて、

「好きだ!」ただそれだけ。 それ以上は望まないというか、その気持ちだけでもうちは幸せです。

そういう関係があってもいいと思うんです。 いやむしろ今のうちはそういう関係のがいいのかもしれない。

それでいいんだって思えるようになって、素直になれました。

昔の話だってするし、今の話だってするし。

てかやっぱり会うと、話すと、一緒にいると、とにかく幸せなんです。 いてくれるだけでね。

静かに「うん、うん」って聞いてくれるけど、たまに「うん?」ってうちの本心を突いてきたりもします。

その瞬間に、今も変わらずうちを理解してくれてるんだなって感じます。

笑顔の奥に優しさを感じます。 言葉の奥に心を感じます。

そんな元カノを前にして、自分の奥には愛を感じます。

自分の周りに堀をつくって一人になろうとしたとき、ただ一つ残っていた道は元カノとの関係でした。

その道をも断ち切ろうとして、一人になろうとしました。

もう一度付き合うか、もう二度と会わないかと、極端な選択を試みたことがありました。

中途半端な自分は不器用に不自然にしか関われないから、そのままの関係でいることはできませんでした。

「今でも好きだ」という事実を言わないようにと、自分の本心を話しませんでした。

話していたら最後はそこに辿り着いてしまうから、思ったことを簡単に言うことはしませんでした。

会ったらあの感情が再現されてしまうからと、地元に帰っても自分から連絡をとりませんでした。

近くにいたら触れたくなってしまうから、会うことすら避けました。

それでも、

アルバムを開いてみたり、昔を思い出してみたりして過ごす夜がありました。

うちにとって元カノの存在は、幼いころから大切に大切にしてきた宝物のようなものです。

今でも宝物です。 大切にしています。 大切にしていきます。

「感謝でいっぱいだよね。」って言ったら、「そんな一方的な感謝はいらない。」って言われちゃいました。

感謝を口にするほどの関係ではないのかもしれません。

「ありがたい」なんて思うような関係ではないのかもしれません。

感謝は差が生じたときに感じるものだとするならば、

自分の相手に対する「ありがとう」と、相手の自分に対する「ありがとう」の気持ちに段差がないとき、

もしかしたら「感謝する」「感謝される」という関係が生じないことがありえるのかもしれません。

まーそれでもうちは言っちゃうけどね。

いっぱいいっぱい「ありがとう」って。


4月3日(土) 姉へ

2010年04月04日 23:12

うちには2つ年が上の姉がいます。 昔からとてもとても仲良しです。

母にゴーイングアウトしてから、姉にも直接話したいと思っていましたが、

今はそれぞれ一人暮らしをしているので残念ながらなかなか会えませんでした。

でも母と姉が会う機会があったので、それまでにうちから話しておかなければと思い、

実は3月の終わりごろに急遽メールと電話でゴーイングアウトをしました。

姉は泣きました。 でもそれは寂しさからくる涙のようでした。

自分よりあめのことを知っている人がいることや、あめを支えている人がいること、

その事実をブログや話のなかで感じて、なんだか涙が流れたようです。

電話で姉と話していたときに、姉はずっと泣いていました。 でもうちはずっと笑っていました。

なぜって、姉がうちを大切にするあまり、とても些細なことを心配するから。

私が泣いたらあめは私を頼らなくなるんじゃないかとか、離れていくんじゃないかとか。

もちろんそんなことはあるはずもなく、そんな姉の気持ちが嬉しくてついつい笑ってしまったんです。

だってほら、それってうちが心配する方が自然の流れでしょ。

昔から姉と一緒に歩いていたりプリクラを撮ったりすると、姉の友達にカップルとよく間違えられたものです。

だからうちは、「姉にとって恥ずかしくない妹になろう」と昔から思っていました。

自慢したくなるような、「かっこいいでしょ!」って紹介してもらえるような、そんな妹に。

そうやって髪型や服装、そしてもちろん性格も磨いてきたんです。

姉とはよく買い物も一緒に行っています。 うちに似合う服を選んでくれたりします。

こんな普通のことが、正直うちにとってとても嬉しい。 女の子らしさを求められたことはありません。

姉はかわいいよりもかっこいいという魅力を引き出そうとしてくれるし、

うちが服に関心がなかったときや似合う服がわからなくなったときにも、喜んで買い物に付き合ってくれました。

電話でたくさん話しました。 でもそれじゃあ足らなくて姉は「会いたい」と言ってくれました。

そしてようやく、今回実家にて姉と会うことができました。 というか、正直姉に会うために帰りました。

2日間ずっと姉と一緒に過ごしました。 

実家の最寄りの駅に迎えに行きました。 花見をしました。 ケーキを食べに行きました。

母の手作りの料理を我が家で食べました。 旅行の写真などを見せ合い笑い合いました。

そして、夜中遅くまで語り合いました。

次の日には買い物に行きました。 お昼にたこやきとドーナツを買って半分個して食べました。

そして、次いつ会えるかわからない姉を見送りました。

久々に二人でのんびり過ごせた2日間でした。

日常の中で姉の存在はうちにとってとても大きなものです。

昔から「うちが姉を支えよう」と心に何度も誓ってきました。

辛いことがあったときや、悲しいことがあったとき、うちはそばにいようとしました。

例え実際は遠く離れたところにいても、うちは姉の心のそばにずっといようとしました。

大切にしたいし、守りたいし、支えたい。 それは昔も今も変わりません。

だからうちは、うちのことで姉に苦しい思いをさせたくありません。

思ったことは何でも言ってくれればいいし、不安なことがあれば話してくれればいい。

姉はうちを支えたいと言ってくれるけど、やっぱりうちが支えたい。

そうすることで、実はうちは支えられてきたから。 支えることで支えられていたから。

だから姉にはごめんだけど、うちはこれからも支えていきます。





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