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5月30日(日) マジ100キャンプ参加者へ

2010年05月30日 23:23

マジ100キャンプに参加しました。 「マジ100企画」という団体のイベントです。

詳細はこちらで。 興味のある方ぜひぜひどうぞ。

さて、うちが参加した目的は何かというと、一言で言えば「夢に近づくため」です。

色んな人に出会えるだろうし、色んな話ができるだろうから、何かが起こるだろうと。

もちろん相手だけじゃなくて自分自身にもね。

一泊二日という短時間でやれることは少ないかもしれない、けど短いからこそ思いっきりやれる。

キャンプファイヤー、ここがうちの勝負の場。 ここで話そうと決めました。

夜中。 冷たい風。 三十数名。 火を囲んで座っています。

「なぜ参加したのか」と司会者が問いを投げかけます。

すぐに手を挙げて話すことはできませんでした。 まだ準備ができてなかったのが大きな理由です。

司会の進行によって、まずは周囲の3、4人ほどのグループで話し合うことに。

その最中、席を立って司会の方に直接お願いをしました。 「みんなの前で話したいんですけど」と。

快く了承して頂きました。

キャンプファイヤーの前にすでに話をした人もいます。

そうした人の反応、言葉、それらの支えを借りて、静かに準備を始めます。

再び火を囲んで円になります。

話すことを整理して、この空間の雰囲気を感じとって、そして覚悟を決めます。

その間、恥ずかしながら足はガクガク震えるし、口元を緩めたら上下の歯がガタガタとぶつかり合う。

でも、それでもうちが話すのは、話さないと前に進めなくなってしまうから。

話そうと決めたのに話さないと、うちの心が死んでしまうからです。

もう一度司会が問いかけます。 今度はその問いに、高々とうちは手を挙げます。

立ち上がって、静かに話し始めます。

みんなの暗闇に隠れた顔は見えないけど、その暗闇をひたすら信じて。

なぜキャンプに参加したのか、どんな夢があるのか、どんな性なのか、どうして今に至るのか。

初めて、こんなに多くの人の前で、こんなに話しました。 なので、とんでもなく長くなったけど、

うちの声に最後まで耳を傾けて聞いてくれたみんなに、とんでもなく感謝しています。

これだけ人数がいたら、もちろん一人ひとり考えは違うし、受け取り方も異なります。

でもうちは、うちをみんなに同じように理解してもらいたいわけじゃなくて、

うちをきっかけに、もっと“自分”を感じてもらいたいと思って話しました。

自分の考えや自分の言動や自分の長所や短所、そして自分らしく生きていくこと、

自分らしく生きていいんだってこと、そんなふうに何かを考えるきっかけになれたらと、

そんなことを思って話しました。

いつも思うけど、主役はうちじゃないんです。 というか、誰もが主役は自分なんです。 

うちが話し終えたあと、さらにキャンプファイヤーは続きます。

さらに冷え込み、円は小さくなっていき、そしてみんなとの距離が縮まっていくようでした。

一人ひとりが、なぜ参加したのかを話していきました。 まさに、これがうちが好きな瞬間。

自分の過去や今、自分の弱さや強さ、どんな些細なことでも自分について話すのは、

どこか恐さがあって勇気のいることだと思います。

それが受け入れられているこの瞬間、これが今うちの思い描く社会です。

多くの人が輝いていたことを、多くの人が大なり小なり感じていたんじゃないかと思います。

今回のゴーイングアウト、やばかったね。

みんなに出会えて良かった!!

マジありがとう!!


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5月19日(水) 「ジェンダー論」の先生へ

2010年05月19日 13:44

毎週水曜日はジェンダー論の授業の日。

なぜ自分が受講したのかについては話していませんでした。

もちろん、いつかは話すことになるだろうとは思っていましたが。

来週から2週間は、自分の興味のあるところを勉強しようということで、

その内容をどうするかを今日の授業後に話し合いました。

過去3回は身体そのものの性、性差、性役割と勉強してきました。

でも、性自認をやってないな・・・ということで、性自認を学びたいと伝えたところ、

それを扱っている本はほとんどないんだとか。 特に最近では。

ペラペラと本をめくってみるも、やはりないんですね。

そして、なぜうちがそこを勉強したいのかということをお話しました。

「うちがどうしてジェンダー論を勉強しようと思ったのかというと、

自分の身体は女なんですけど、恋愛対象も女なんです。

同性愛者っていうのが一番近い言葉なのかもしれません。」

そのあとは何で気がついたのかを聞かれたので高校時代の話をしたり、

性同一性障害という視点からも考えてみたことがあったことや、

身体が女なのはわかるけど、心はなんでわかるのかがわからないことなど、

幅広くお話しました。 

「あなたはそういう面の感性が鋭いのかもしれない。 ジェンダーフリーなのかもね。」

とうちに目を向けてくれましたが、その後に自身の話をしてくれました。

「なんだか、上手く言葉にできないんだけど、私わかるような気がするの。」

「追求していったら、それって自然なことだと思う。」

「わかってもらうことは誰にとっても嬉しいことで、それは同性のがわかるし、

心地良さもあると思うのよね。」

と笑顔を見せながら教授は言います。 それから社会について思うこともお話ししました。

「グレーというか、あいまいというか、そういうものが許されるような社会にしたいんです。」

教授もよくジェンダー論でそういったことを口にしていたので頷きながら聞いています。

「そうなの。 正しいと思う。 でもね、それは“自分”を持っていないとできないの。」

そこですかさずうちは一言。

「それも一人ひとりが。」

教授も深く共感してくれました。 そしてこう言います。

「それを教育でしていくべきことなんだと思う。 でもそれが上手くいってないんでしょうね。

今の時代、知識なんて溢れてるんだから、それを自分で見る力をつけるべきなのに。」

それを聞いて、そんな授業をなんとか実現したいと、うちは思っています。

まだまだ話足りませんでしたが、切りをつけて帰ろうとしたとき、教授が落ち着いた声で一言。

「生きにくいでしょ。」

その言葉の優しさと、その顔の全てを使って微笑んでくれる教授の優しさに、心が震えました。

「はい。」

と濁りなく答えた自分の顔はもちろん、笑顔でした。


5月18日(火) 大学の同じ研究室の人へ

2010年05月18日 21:06

うちの大学では3回生になると研究室に配属されます。 研究室ごとに分野が異なります。

そしてうちはスポーツ社会学の研究室に入りました。

入るときには教授との面接で卒論のテーマについて少し話をしました。

「スポーツジェンダーとか、性を扱うものを研究したいと考えています。」

とは伝えていましたが、なぜそれを研究したいのかまでは話していませんでした。

追々話すことにはなるだろうとは思っていましたが。

さて、うちの研究室は毎週勉強会というものがあります。

今日もいつものように勉強会が始まりました。 そしていつものように終わると思っていました。

が、なぜか突然卒論のテーマの話に。 そして、さらに突然教授が何かを思い出した様子。

「そういえばあめさん、副学長さんから聞きましたよ。」

おお!! なんと!! さすが副学長さん、もう保健体育の教授には話してくれたみたいです。

あらためてスポーツ社会学の教授にもうちからお話。

副学長さんのときには主に「性教育」の重要性を説いたこと、

そしてその結果、授業の改善の検討をしてくれるようであることや、

大学にはどう提議するのかが難しいこと、カリキュラムとして組めないか、

という視点からも考えてくれたことなどを話しました。

しかし、性教育はこの教授の分野ではありません。 なんたって社会学。

この教授がおこなっている講義には直接関係ないのかな、という流れに。

「性的マイノリティの権利だとか、そういう“性”もありますが」

と教授からまさかのフリ。 この教授がどこまでうちのことを聞いているかはわかりません。

でもとにかくチャーンス。 教授の話の合間を狙います。

「いや、本当はそっちのがやりたいんです! でも大学という全体として提起したので、

副学長さんと話したときには性教育の必要性を主に訴えたんです。

でも、本当にやりたいのはそっちなんです。」

そしてゴーイングアウトー!!

「うちは女ですが、恋愛対象が女性なんです。」

それを聞いて教授は「うんうんうん。」と深く3回頷く。

「言ってみれば、“性的マイノリティ”の方に含まれるっちゃ含まれるんです。」

初めて自ら公言した。 マイノリティに属することを。

それが卒論で性を扱おうと思った動機であることを話しました。

「深いですね。 僕だったらとても手を出さないけど(笑)」

とユーモアを挟みながらもほんの少し研究方法を具体的にして頂きました。

「学問的に扱うのか、社会運動的に扱うのか」

「学問的に扱っても、仕組みを解明して社会の在り方が見えてくるかもしれないし」

など研究としてどうアプローチするのかを少しですが話してくれました。

話を聞くまでは、うちは「研究」なので、学問的にしか扱えないと思っていました。

なので社会運動的というのは予想外でした。 社会運動的に扱ったら、それは研究ではなく、

私的な視点が含まれてしまって研究として成り立たないのではないかと思っていたのです。

どうやってアプローチしていくかはまだまったく未定です。

ただ、性に着目したものを研究しようというのはすでに決定しています。

先行研究もたくさんあるようなので。 今後はこの教授にも色々な面でお世話になります。

早速、研究室にあったジェンダーの本を借りてきちゃいました(笑)

そうそう、副学長さんから各教授に話はあったようですが、

やはりうちからも各教授の各分野に着目して、手紙を書こうと思います。

それが今うちのやるべきことです。 チャンスは最大限に使うし、最大限に広げようと思います。

ある教授には性教育を、またある教授には性的マイノリティを、またある教授には夢の近況報告を、

どれか一つに厳選するのではなく、各分野にあった“性”について書こうと思います。

さて、勉強会はもちろん教授以外にも他に3人の学生がいました。

その中には院生の方や留学生の方もいます。

みんな、うちの話に耳を傾け、卒論について一緒に考えてくれました。

「こういうのあるよ」とか「ジェンダーだったらむしろ社会学ですよね」とか、

意見を出してくれたりもしました。

うちはこの大学で本当に良かったと心から思います。

お世話になります、みなさん。


5月16日(日) 会いたかった人へ3

2010年05月16日 21:15

今日はブログで知り合った方と奈良にて初対面。 わざわざ奈良に来て頂きました。

自分のことを話すのは何度もしてきましたが、話す内容や言葉というのは、

当たり前ですが毎回違うものになります。 自分でも気づくくらいに。

それは相手が違うこともありますが、同時に自分も変化していっているのだと思います。

「あめ」というのは一人です。 でも、うちが感じるあめと誰かが感じるあめは違う。

そしてその誰かと、また別の誰かとはまた違う。 つまり一人として同じ「あめ」はいない。

いくらうちが一人でも、相手の数ほどうちは存在するんじゃないかと。

それってもしかしたら性についても言えることなのかもしれないと思いました。

うちの女性的なところに着目した場合と、男性的なところに着目した場合では、

全く違うものに見えるでしょう。 でもそこを一致させたいとはうちは思いません。

好きなように、好きなところを見てくださいと、そう思える自分でいたいと思います。

ただ、「あめ」というものがその底辺になければ受け入れられないかもしれないけど。

・・・とそんなことを今日話していて考えました。

性の多様性というのは一人一人の性、

男の人、女の人、男だけど女の人、女だけど男の人、どちらでもない人、どちらでもある人、

そういった、人の数ほど性があるという意味だけではなく、

その一人の人のなかにも、男女という2つの要素が複雑に絡まり合った形で存在しているという、

そういう多様性も含んでいるのではないかと思います。

そもそもその要素が2つだけなのか、というところもまた疑問視できるかもしれませんが・・・。

だからね、いつも思うんですが、それが自分ならそれでいいんです。

無理する必要もなければ、隠す必要もないんです。 本当は。 本当はね。

男が女を好きになるということは受け入れられ、

女が女を好きになるということに受け入れられない、

という考えがあるとしたとき、

自分がある人を好きになるということと、

自分がまた別の人を好きになるということに対してはどう思うんだろう。

そこを受け入れられない人はいるんだろうか。

つまり集団で見るんじゃなくて個人で見てみたら、

なんか違って見えてくるんじゃないかと、うちはそう思うわけです。

誰を好きになるかが自由なように、どの性を好きになるかもまた自由。

好きな人を愛したらいいじゃん、ってつまりそういうこと。


5月14日(金) 大学の副学長さんへ

2010年05月14日 18:34

今の自分に何ができるのか、学生のうちにできることはないか、

考えた結果一つの行動に出ました。

現在教育大学に通っています。 保健体育専修です。

保健の授業を受けてきました。 しかし、性に関しては全く授業では扱われませんでした。

これがうちの通う教育大学の現状です。

学校では、多くの教員が性教育は必要だとしていながら、授業で扱うことに困難を感じています。

これが学校の教員からみた性教育の現状です。

もっと大学で性に関して学ぶ機会を増やすことはできないだろうか・・・

少しでも大学を変えていくことはできないだろうか・・・

これが保健体育の教授であり、副学長である方と直々にお話しようと思った動機です。

メールでその旨と日程合わせ。 そして今日、お話することができました。

自分が性教育に対して抱いてきた疑問や大学の授業に期待していたこと、

そしてその期待に反して全く学ぶ機会がないことや、

性に対して深く関心を持つようになったきっかけである自分の性についてや、

自分の持っている夢についてなど、1時間という時間の中で包み隠さず話しました。

今回は大学の授業に対しての問題提起という中でのゴーイングアウトでした。

「自分自身女性ですが、恋愛対象も女性であることに気付いたんです。」

「このことは、誰にも話すつもりはありませんでした。

自分の中だけに留めて、墓場まで持っていこうかと思ったときもありました。」

「自分って何かと考えている時期がありました。そしたらこの性に辿り着いたんです。」

「今はなるべく機会があれば自分自身のことを話すようにしています。

そうやって少しでも性というものを身近に感じてもらえたらと思っています。」

「この自分に何ができるかと考えた結果、今回お話しようと思いました。」

副学長さんは静かにうんうんと頷きながら、真摯にうちの話を聞いてくれました。

全てを受け止めて頂きました。

そして、保健の授業を扱う他の教授とも話し合って授業を改善していくことや、

教育開発支援というものが大学にあるので、その中でなんとか取り上げていけたら・・・、

と前向きに何らかの動きをしようと考えて頂くことができました。

少しでも何かが変わればと思います。

さて、初めて具体的な目標を持って性について話したわけですが、

話していく中で、性について独自に勉強してきたことが少しでも身についていることや、

人生をかけて取り組む覚悟というものがより強くなっていることを感じることができました。

まだまだ大勢を前にしては上手く話せるかはわからないけれど、

もしそのような場ができたときには、うちは胸を張って話したいと思います。

話もそろそろ終わりかというときに、副学長さんに言われました。

「もしみんなの前で話したりディスカッションしたりするとしたら・・・」

言い終わらない内に、うちは答えていました。

「はい、喜んでやります。

そのために今一生懸命勉強してるので。」

これは、ためらうことなく自然に出た言葉でした。





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