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6月24日(木) 同じ専修の後輩へ

2010年06月24日 23:42

大学でどうしたら自分の存在が広まるのか、その方法はまだわかりません。

同性愛者を身近に感じてもらうことで、何かが変わるんじゃないかと思ってるんですが。

なので今はただ、耳を傾けてくれる人に一人でも多く話していこうと思っています。

同じ大学の人には4回生、3回生、2回生の方々には少しずつ話してきましたが、

今日は初の1回生です。 例え一人でも、自分にとっては大切な出来事でした。

横だけでなく縦にも広げていくことは大事なことだからです。

今年から始めたゴーイングアウト。 気づけばもう6月末。

半年前の自分に比べたら、随分と話し方が変わったように思います。

何度も一発勝負を繰り返し、何人もの人の反応を受け止めて、

いつしかうちは、あらゆる人の前で堂々と誇りを持って話せるようになりました。

それはなにも自分の性に限った話ではありません。

自分が疑問に感じたこと、自分の考えたこと、それらを大切にするようになりました。

正しさなんて誰かの心にあるもんじゃない。 どこにあるかっていったらこの自分の中なんだと思う。

自分が正しいと思うことを信じるかどうか、貫くかどうか、それが大事。

誰かの正しさに頼ったら、いつかどこかでズレてしまう。

いやもしかしたら、そのズレにも気づかないかもしれない。

無意識に道を選んで、無意識に歩いているかもしれない。

それが悪いわけでもない。 良いか悪いか、それも決めたきゃ自分で決めることだと思う。

ただうちは、誰かの正しさのもとで生きていくことはできないし、

自分で一歩一歩踏みしめるように生きていけたら、と思う。

やっぱり自分のことは誰よりも自分が知ってるから。

それに、自分のことは誰よりも自分が知っていたいから。

何かあったら、うちが守る。 何かあったら、うちが支える。

だから思いっきりやるよ、うちは。

どこへでも行ってこい。 どこへでもついてってやるから。


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6月23日(水) 「ジェンダー論」の受講者へ

2010年06月23日 15:19

毎週水曜日にある「ジェンダー論」の授業。

すでに教授には『5月19日(水) 「ジェンダー論」の先生へ』にあるように、

ゴーイングアウトしたのですが、そのときもう一人の受講者さんはいなかったんですね。

あ、ちなみに受講者は自分合わせて2名です(笑) 毎回教授の研究室でやってます(笑)

今日のテーマが「セクシュアリティとジェンダー」というところだったので、

もろに同性愛を扱う授業内容でした。 教授がもう一人の受講者さんに質問をします。

「あなたはこういうの受け入れられる?」

「はい、受け入れられると思います。」

それを第三者となって聞いている自分。 その後も同性愛に関する質問が続きます。

それでも静かに聞いている自分。 いつも同性愛者であることを話してから色んな人の考えを聞くので、

あえて黙ることでありのままの意見が聞けるんじゃないかと思いました。

「同性のがわかり合えるってのはあるんでしょうね。 勝てない気がします(笑)」

とこれまた教授のときにも耳にした言葉が並びました。

ははは、と一緒に笑ってたら今度はうちの方を振り向く教授。

「あなたはどう?受け入れられる?」と笑顔で質問を投げかける。

「・・・てか、本人なんです(笑)」ともう一人の受講者さんの目を見て打ち明ける。

あ、という反応をみせる受講者さん。 ふふふ、と笑ううち。

その後は授業に戻ります。 ただ、やっぱり当事者がいるというせいか、

言葉一つ一つが選ばれている気がしました。 気がしただけかもしれませんが。

傷つくわけもなければ、腫れものにさわるようにされたくもない。

率直な意見を聞きたいから、オブラートに包まずに話して欲しい。

教授も受講者さんも、偏見もなければ差別もないことはわかっていたから。

それがあれば、言葉一つで「痛っ」ってなることなんてありません。

ってかもしそうなったら、そんな自分は「弱っ」ってなるだけです。

あー・・・まただ。

ブログ読んでて違和感を感じてる人も出てきてるんじゃないかな。

「あめ自身もそういうふうに見てるような感じがするんだけど」と。

「同性愛者を悲観的に見られたくない」「苦悩が多いと思われたくない」

と思うのは、あめがそう思ってるからなんじゃないかと。

うちもよく感じます。 いつの間にか“内面化”されてるんです。

悔しいことに。 染みついてるんです。 この脳に。 その真偽に関わらず。

あるものをみたとき、そうみえるのはそう自分がみているから。

そうみている自分がいるから。

もし同性愛があまりに自然なことだと自分が心底思っていたら、

おそらく疑問に思うこともなければ問題提起する必要もない。

でもうちはそうじゃない。 だからうちはうち自身とも向き合わなければならないし、

うちの脳に染みついた考えに気づかなければならない。

それはときに自分をも否定するようなことだったりするけど、

それがなければだめなことはわかってる。

うちの中にあるいくつもの矛盾。 それをうちはコントロールしなきゃいけない。

そうすれば、きっと矛盾の中にも筋は通せる。

“矛盾”も“あいまい”も、大事なのははっきりと整理することじゃない。

その雑多な状態を許せるような、その雑多な状態に耐えられるような自分であること、

だとうちは思います。


6月19日(土) 日本女性学会の方々へ

2010年06月20日 14:58

日本女性学会の大会に参加しました。

ん?なぜに女性学?って疑問に思う方もいるかもしれませんが、

たまたま今回の大会のシンポジウムが「社会を動かす女性学」だったので、

何かヒントになるんじゃないっかって思って迷わず参加することを決めました。

さてさて、女性学に関しては超初心者です。

本を読んだ程度なので自分の限られた知識の中で、

一生懸命聴き、考え、疑問を持ち、質問をし、発言をしてきました。

というのも大学のジェンダー論の授業をして頂いている教授に、

「恥をかいてらっしゃーい。大学生なんだから」と言われまして。

とっさに「まぢですか!?」と言ってしまったものの、

なるほど、学生というのはむしろ強みなんだなと発想を転換し、

何か疑問に思ったら恥をかいてでも発言しようと、そう思っていました。

うちが疑問に思ったこと、それは、

「バックラッシュによるプラスの効果はどのようなものがあったのか」です。

このときうちは「バックラッシュ」とは「反動や反対の勢力」ととらえていました。

ある方の発表によると、女性学はバックラッシュの対応期として少なくとも10年は経っており、

つまりその10年は停滞している。 それでは今後どうしたらいいのか、

といった内容が出てきたんですね。 しかし専らマイナスの面しか語られない。

バックラッシュに対して敵対心があるかのようで、深く話すこともない。

敵を認めずして己を認められるのか? 本当に「対応」しようとしてるのか?

そんな疑問をうちは持ったんです。 そして配布されていた質問用紙に記入して提出しました。

質問に対する応答の時間に、うちの質問も扱われました。

しかし、やはり語られることはない。 なんだか腑に落ちないまま終わる。

質疑応答のあとには意見を言う時間がありました。

手を挙げる? 挙げない? このまま帰っちゃうの? てーい、挙げてしまえ!

・・・って感じで謎の保健体育専修の学生がマイクをゲット(笑)

手震えてるし、声震えてるしで、「自分ダサっ」って思いながらも自分の思ったことを話しました。

その詳細についてはもう一つのブログの『日本女性学会2010年度大会の参加感想文』にて。

さてさて、色々なやりとりがある中で司会の方にこのような内容のことを質問されました。

「あなたはバックラッシュのプラスの面をどうお考えですか?」

ここで、ゴーイングアウトになったわけです。

自分自身が経験したバックラッシュ。 それが地元でのゴーイングアウトの際に感じた圧力。

詳しくは『3月20日(土) 高校の同級生へ』でどうぞ。

この大会ではお門が違う話なのは十分自分でもわかっていたので簡単に話しながらも、

「自分はセクシュアルマイノリティです。同性愛者です。」ということはきちんと明言。

そして自分はその圧力があったからこそ、より強くなれたし、力にもなった。

バックラッシュというものは、新たな視点から見る良い機会にもなるし、

そういう勢力があるからこそより活発になることができる。 「麦は踏まれて強くなる」っていうしね。

だからバックラッシュってのはそういうプラスの効果が大いにあるはずだとうちは思います。

・・・とまあこんな感じのことを緊張しながらもなるべく言葉に気を付けながらも話しました。

今回の発表ではね、「臭いものには蓋をしろ」という印象をうちは受けたんです。

真意はわかりません。 ただうちはそういう印象を受けました。

とにかく自分が持った疑問、直感を信じて発言をしました。

マイクを手放したあと、うちは心の中で笑ってしまった。 いっぱい恥をかいたな・・・と(笑)

自分の無知さも感じたし、的外れな発言だったことも感じたし、

それにちょっとへこたれてる自分の弱さも悔しさも感じました。

でも、

「100の間違った知識からでも1の何かは生み出せる。価値が0ではないんだ。」

と思い、見事に開き直りました(笑)

この経験をこれからの自分がどう活かすかが大事なことだしね。

そんなことをずっと考えていたら、あっという間に大会は終わりの時間に。

さてさて、帰るかーって席を立ったら、人が向かってくる。

何人かの方から名刺を頂きました。 セクシュアリティ関係の方々でした。

「的外れな発言でしたよね(笑)」と言ったら、

「そんなことないわよ!」と言ってくれる方もいました。

あ・・・わかってくれる人もいるんだ・・・と心から感じました。

なんだかスッとしました。 ゴーイングアウトして良かったです。

いかに可視化することが大切かを学びました。

というか、可視化しないことがいかにもったいないことかを感じました。

今回もまた、いっぱい刺激を受けました。

うちはどんな時でも、環境に臆せず、相手に臆せず、自分らしくいようと思います。





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