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7月14日(水) インタビュアーへ

2010年07月14日 23:35

日本女性学会で出会った方の中に、セクシュアリティの研究をしてる方がいらっしゃいました。

インタビューをさせてもらえないかというお話を頂き、喜んで引き受けました。

そして今日人生初のインタビュー。 過去の話は自信ない。 記憶ってのが曖昧だから(笑)

過去のことを話すとき、過去のままを話すことは難しくて、

話すときによって表現が変わってしまいます。 その点ブログはリアルタイムだから良い。

過去を現在として残してるから良い。 そのリアリティがうちは好きです。

さて、初めてのインタビューの感想は、質問にちゃんと答えられてるのかが不安でしたね。

色々考え行動してきた分、話し始めると蜘蛛の巣のようにどんどん広がっていって、

話してる間に自分がどこにいるか見失いそうになることもしばしば。

しかも、その質問の答えは「ここです。」って言えたらわかりやすいんだけど、

どうしても「このへんです。」って感じになってしまう。 でも答えってそういうものなのかな。

じゃなきゃつまんない話になってしまうのかもね。

自分の過去をあらためて振り返ってみたり、インタビューを振り返ってみて考えたことは、

いくつか自分に合うような言葉を創って今に至ったんだな、ってこと。

「FTFr」だとか「ゴーイングアウト」だとか。 それは自分のために創ったもので、

特にその言葉に対しての周りの反応は気にしていませんでした。

でも今はそれについて少し伝えたいことがあって、自分自身にも記録しておきたいことができました。

忘れたくないので、今ここで記録。 新鮮な状態で残しておきます(笑)

選択するという行為は簡単だけど、そこにある選択肢に適応させようとしなければ、

どれにも合わないときがあります。 型からはずれちゃうときがね。

それに収めてみるのももちろん良いんです。 収めて見えてくることもあるから。

でもね、本当に大切なことなら、その選択肢の中から選ぼうとしなくても良いとうちは思います。

譲れない、妥協できないものがあっても良いんじゃないかと。

ただ、それを誰かに押しつけたり、誇示したりするのは良くないけど。

自分のための、自分だけの言葉、そんなものがあっても良いんじゃないかな。

誰もが自分だけの辞典を持っています。 

「私の辞書に不可能という文字はない」と言おうと、

「私の辞書に不可能という文字はある」と言おうと、

それが「私の辞書」ならば、新明解国語辞典と合ってるかなんて関係なく、

価値あるものなんだと思います。


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