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気づかせてくれたみんなにありがとう

2010年12月21日 03:35

最近このブログに書こうかよく迷います。

自分の性について話すことが、あまりに日常に組み込まれ過ぎてて。

それと、特定の人というよりも多くの人の前で話す機会が増えて、

すでにうちのことを知ってる人と話す機会も増えました。

だから「ここ!」っていう単発的なものではなく連続的なものになってきて、

「んじゃどこ!?」ってなって書くタイミングを失ってしまう・・・(笑)

あと、直接話すだけでなく色々な経路が開かれたように思います。

ブログ、メール、手紙、人伝い、授業、などなど。

相手の反応を知るのもその時だけではなく、

紙面上だったり、後にメール等をくれたりと様々です。

簡単に言ってしまえば、多様化しました。

だから今までの基準でブログを書こうとすると該当しないものが増えました。

でも、相変わらず伝えていきたいとは思っています。

うちの体験した現実を。

まだまだ書いていきたいな。

うちは現実をこの目で見たいし、うちを通して見せたいとも思う。

もちろんこれはうちの現実であって、個人的なものではあるんだけど。

でも多くの人の反応を集めたら、きっと個人的なものではなくなるんじゃないかと。

偏見を持っていたのは自分でした。

それが多くの人の反応を見て聞いて感じた、うちの気づきです。


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コメント

  1. あめ母 | URL | -

    遅ればせながら質問に答えます

    あめから、「親・先カミング」の講義のときに、母親宛ての質問があったから
    答えてほしいと頼まれていました。
    二人の方からの質問でしたが、内容は同じようなものでした。

    「「女性のことが好き」、とうことを母親が聞いたとき、どう思ったか。また今はどのように感じているか」というもの。

    あめからカミングアウトされたのは、今年三月。
    「社会を変えたい」という言葉から始まりましたが、何が言いたいのか?と思いながら次の言葉を待ちました。すると、「うちが好きになるのは女性なんよ」。
    そういうことだったのか!!あめが悩み続けていたのはこのことだったのか・・
    はじめにきた感情は、「どうしよう」でもなく、「困った」でもなく、嫌悪感でもありませんでした。
    答えがわかった安ど感が先でした。納得したと言ったら変な言い方かもしれないけど、やっとあめの苦しみの根源が分かったという気持ち。
    でも。今またなんでこのタイミングでこの話なのか・・次から次へとやってくるいろんな問題に、ため息が出る、疲労感の濃い私がいました。(でもこれは自分側からの言い分で。)

    「話してくれてよかった・・」と心から思いました。そうしなければどうにもならないところまであめが精神的に追い込まれていることもわかりましたから。
    同時に、私にとって、できれば一番触れたくない「性」という問題を、ストレートに目の前に突き出したことに対して、どういう意味があるのか?と思った。自分の知識のなさも恨みました。私はあまりにも無知過ぎました。
    浅はかな知識や感情でものを言って、あめを傷つけることを恐れました。その無知が情けなかった。
    あめは男であろうが、女であろうが、私の大切な子であることに変わりはない。同性愛者であろうとなかろうと親子関係になんの影響もない。あめが生まれてくるとき、たとえ障害をもって生まれてきても、どんな子であろうと私が育てる!!とかたく心に決めていたことを思い出していました。
    私に話したということは、これからこのことに一緒に向き合っていくということ。覚悟が必要です。
    親の本質を問われていると感じた。ここで、あいまいなことを言ったり、逃げたりしたら親子関係、家族関係、全てが壊れる。それを一番恐れました。私の家族の中での役割・・家族の中で私に一番最初に話したということ・・ということは、私の役割は何?
    それにしても、生きててくれてよかった。このまま黙ってさよならなんてされたら私は一生後悔し続けるだろう
    ・・・そんなことが頭の中をぐるぐる回っていたように思います。
    今考えると悲壮感が強かったような気がします。やっぱり重く受け止めてたんでしょうね。

    そして今はというと・・
    多少なりともセクシャルマイノリティに関する本を読んだり、あめの話を聞いたり、考えたりするするうち、
    広い意味で、同性愛者であることをことさら問題視する必要はないんじゃないかと思っています。わざわざ自分を異性愛者だと言う人はいないように、同性愛者も異性愛者も区別することなく同じ人間ってことで差別されることのない社会であればいい。そういう風に社会を変えたいとあめは思っているんだと理解しています。
    ボーイッシュなところはあめの個性と思っていましたが、同性愛も個性と考えちゃいけないのかな・・
    将来、結婚とか、家族をもつということは今のあめには関係ない気がする。パートナーと言える人との出会いもあるかもしれない。そのことに関してあれこれ言うつもりはない。幸せの形はいろいろのはず。

    カミングアウトされてから、あめとの関係は深まったし、あめから私はいろいろ学ばせてもらっています。
    少なくとも、あめがカミングアウトしてくれたことで、自分が気がついていなかった偏見に気付かせてもらった。ときどきひどい自己嫌悪に陥るときもあるけど、気づかない人生よりずっといいと思っています。そういう意味であめに感謝しています。わが子ながらあっぱれといいますか。
    同性愛者に限らず、いわれのない差別や偏見に苦しんでいる人たちにも目を向けるようになりました。以前と変わった自分です。
    「私に何ができるか」ということは考え続けていますが、一言でいえば「サポート」。そして私が前向きに生きること。
    少なくとも、頑張っているあめに恥じない自分でありたい。

    これで回答になってますか?(宿題残したまま年を越すのが嫌だったのよね。)

    思いつくまま、以上です(笑)

  2. shane | URL | -

    Re: 気づかせてくれたみんなにありがとう

    素晴らしいお母様ですね。
    ちょっと胸がぐっときて涙がぽろってなりました。
    わたしはいつになったら家族や周りの人に本当の自分をさらけ出せるようになるのだろう、
    あめさんの勇気とご家族の愛情に心のからの拍手を送りたいです。
    今まで生きてきて自分はいったい何をしてきたんだろうって、
    振り返ると同時にこれからも前をむいて恥じる事なく生きていきたいと思います。
    素敵なお手紙を読めて幸せ気分で過ごせそうです!有り難うございました。

  3. あめ母 | URL | -

    shaneさんへ・・あめ母より

    Shaneさんのコメントに気がつきましたよ~
    書いてくれてありがとう。
    私もあなたのコメント読めてとっても嬉しいです。
    あなたがあなたらしく生きていくことを心から願っているからね。

    「他人と過去は変えられないが、自分と未来は変えられる」

    この言葉、とってもすてきでしょ?
    本当にそうだと思う。
    あめがまさしくその標本だよね(笑)

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